inrng:

A trailer for “Rough Rider” featuring Paul Kimmage. It’s being filmed this year so we’re unlikely to see the finished version until 2014.

Here’ the blurb from Wildfire Films:

We are currently in pre-production on Rough Rider, the story of Paul Kimmage’s quest to find honesty and hope inside the most physically and mentally demanding race on the planet, the Tour de France.

To this point, we have filmed with Paul as he has seen Lance Armstrong’s fall from grace while Paul himself has been threatened with legal action by senior members of the UCI, the world cycling body.
This summer, we will follow him on the 100th Tour de France. Told against the backdrop of the centenary Tour, and through the eyes of one of the most aggravated whistleblowers in sports journalism, we are going on a journey that could prove to be one of the most contentious sports films of our time.

The film is due for completion by November 2013, with broadcast and screening details to be confirmed.


ジャーナリストが自転車レースの現場で経験したある2つの出来事 / A Pro tease or a ProTease? By Shane Stokes

Tales from the Press Room: A Pro tease or a ProTease?

By Shane Stokes, 12 Mar 2013, for “Roar”

私が自転車レースを取材していて最も当惑したーそして動揺させられたー経験となった2つの出来事は、オペラシオン・プエルト事件のころ、ちょうど5ヶ月の間隔を置いて起こった。それはある年の9月と、その翌年の2月のことだった。

それらは両方ともスペインでの、ステージレースでの出来事だったが、関わった選手とチームは違っていた。両方ともドーピング薬物に関してかもしれないが、それは読んだ方の判断にお任せする。

最初の出来事はブエルタ・エスパーニャで、レースで最も厳しい山岳ステージの一つの頂上ゴール、総合争いが決される時が近づいた日のことだった。

選手たちは、最後のタイムトライアルを除けばその日が勝負になるということを知っており、目玉の飛び出すような形相で力を振り絞っていた。

筋肉は厳しい斜度に打ちのめされ、身体は登りでの激しい風に繰り返し吹きつけられ、先頭集団はバラバラになり選手たちは1人2人と頂上へ達することとなった。

ゴールすると彼らは地面に倒れ込み、呼吸と正気を取り戻そうとし、暖かい服を着、やがてチームバスに落ち着こうと、いま登ってきたばかりのコースに沿って下って行くのだった。

レースはまだ何日かを残していたが、その日のステージは決定的であったがため、頂上にはある意味での安堵感もあった。多くの選手が最後の厳しい山岳ステージを終えたことに目に見えて満足していた。

レースの終わりが地平に見え始め、総合順位はほぼ固まった。

私は頂上で1人の選手と話をし、彼がいま終えたステージについてのコメントを取った。彼は山岳での自分の十分な出来に満足し、非常に機嫌が良かった。

そしてそれが起きた。彼はレッグウォーマーを下に入れるためにショーツの裾を捲りあげたが、彼がそのライクラの生地を引き上げると、2つの小さな錠剤が地面に落ちた。

私は凍り付き、何を考えていいのか解らなかった。彼は話し続け、起こったことをほぼ無視していた。

彼がその錠剤を拾ったのか、はっきりとは覚えていないのだが、おそらく拾ったのだろう。

その選手はその事に触れなかったし、私は、彼のまるで懸念していない様子に、それはカフェインのような問題ない錠剤だったのだろうと理由付けし、彼にその事を尋ねなかった。

それは一瞬の出来事だったが、その後長い間私のなかで引っかかり続けた。

今日まで私は自分がどうすべきだったのか解らない。彼が平然としていたことは確かだった。彼は、何かまずいことをしたというようには振る舞わなかったし、起きたことに慌てたようにも見えなかった。

一方で、自分が見たものを彼にたださなかったのは間違いだったのかもしれない、とも後で思ったのだ。

おそらくその事が、そのちょうど5ヶ月後スペインの別の場所で起きた出来事に、私が違った対応をした理由なのだろう。

その日、まず注意を引いたのは、あるトップチームの名前が入った長袖のトップを着た女の子だった。

彼女は連れとそのレースのゴール付近を歩き、オフィシャルエリアのバリアの後ろに立って選手たちが来るのを待っていた。魅力的で自信あふれた20代前半の彼女は、フィニッシュ地点の群衆のなかで際立っていた。

レースは激しい展開で、ポディウムのアナウンサーが起きていることを伝えていた。小集団が抜け出し、ゴールへと猛走していた。

他のチームが後ろから激しく追い上げたが、どうやら逃がしたようだ。追走は届かず逃げが決まり、その日の勝者はあの女の子のチームの選手だった。

彼女は大いに喜んでいた。勝った選手はポディウムへ上がり、シャンペンを飛ばし花束を受け取り、そしてその後花束を彼女に渡し、唇にキスを受けていた。つまり彼女は、少なくともその選手にとってはただのソワニュールではないということだ。

そこまでは何も奇妙なことではない…スポーツのルール上はだ。

だがその次に起きたことに、私は自分の頬をつねることになる。

シャペロンがその選手に近づき、その日のドーピングコントロールが行われるバー兼カフェを指差した。表彰式とインタビューを終えた彼は、女の子が着ているのと同じようなチームの長袖ジャージに身を包み、彼女と一緒にその建物の方へと歩いていった。

私はその直前の彼の写真を撮っていた。習慣通り、ジャージは襟まで閉じられ、身体はレース後の冷えに備えて温かく包まれていた。

そして、建物に入る直前、その選手と女の子は立ち止まり、お互いに直角になるような向きになった。一瞬のことだったが、はっきり記憶している。

彼らの背中で視線は遮られていたが、彼が振り向いたとき、ジャージは下まで開けられていて、ショーツは元の位置に戻そうとされているように見えた。

何事かが起きたのは明らかだった。我らがロミオが熱いキスに刺激され、彼女に「それ」を見せるためにショーツを下ろしていたか。

または彼女が、彼が服の中に入れる何かを渡したか。

プロテアーゼという物質 —尿に入れることで尿中のEPOの存在を隠蔽できる粉— が使用されていることを知っていた私には、より後者であるように思えた。

それは「何だって」というような瞬間だった。2人は建物の中に入っていった。

私は外に立ち、頭を抱えていた。何をするべきか解らず、1分ほど考えたのち、電話を取り出してUCIに電話した。

「たったいま疑わしいような事を目撃したのですが、確かではないのだけど。」私はそう言い、起きた事を説明した。

あの女の子が本当にマスキング剤を彼に渡したのか、それとも単に彼がその部分を見せたかったのか、確かめることは出来なかったが、もし前者なら検査結果がそれを裏付けるだろう。

少々科学の話になる。注射で使用された場合ドーピング違反だが、EPOは体内で自然に造られるホルモンでもあり、体内には常に一定レベルが存在している。ドーピングコントロール検査は、外因性のEPOと内因性のEPO、つまり、外から入れられたものと体内で作られたものを識別して行われる。

もし選手がプロテアーゼを使用すれば、サンプルには、体内で自然に造られるはずのEPOも全く存在しなくなる。

UCIには、または誰であれ検査結果を見るものにとっては、何かおかしな事が起こったのが明らかだろう。

疑わしい検査結果についての知らせが入る事もなく、数ヶ月が経った。UCIが私にコンタクトを取ってくることはなく、その件は立ち消えたように思えた。

だが数年後、その選手は別のレースでEPO使用で捕まり、長い資格停止を受け、やがて引退した。

そして最初の話の選手は —偶然にもこちらもショーツ絡みだった— 話の時を含めた時期に、ドーピングしていたことを認めている。

これらの出来事はこの数ヶ月、私の頭をよくよぎる。もし自分がこうしたことに出くわしたらどうするか、どうぞ考えてみてほしい。

あなたは最初の選手を問いつめるだろうか?2番目の話の選手について、UCIに連絡するだろうか?

あなた方の1人1人に違った意見があるだろうし、何をすべきかについて自身の気持ちがあるだろう。

それを考えてから、もしあなたがその選手のチームメイトだったらどう行動したか、考えてみてほしい。

何かを言うか?何も言わないか?自分の懸念をチームに、UCIに伝えるだろうか?

それは確かにグレーなエリアだ。ルールが破られているのか定かでない場合は、そして特にそれが、物事が今よりももっと曖昧だった10年前のことであったら。

その頃に言葉を発した人々の中には、それにより職を失ったり、また少なくともチームの中で居場所を失くした者もいる。そしてたとえ自身がドーピングに反対していたとしても、何も言わないことを選んだ人々もいる。

確かなのは、起こっていたことをまるで気にしていなかった人々がいるということだ。もしレースに勝っていて陽性を出していなければ、それでいいと。結局、見えざるを決め込むことが、まるで普通のことだったチームがあったということなのだ。

少なくとも今は、アームストロングとUSADA事件の、またオペラシオン・プエルト事件のくすぶるあと、それらの態度は変わったという希望がある。

だが、あなたならどうしていただろうか?


(訳者註)ストークス氏は選手の名をぼかしているが、2番目の選手については当時アスタナに所属していたアントニオ・コロムと推定される。

(Source: facebook.com)


アーガイル・ファクター

ガーミン・シャープ2013
By マーク・ジョンソン

ひとつのグランツールとひとつのモニュメントを制し、ガーミン・シャープは2013年その両方でそれ以上を狙う


チームの新ジャージにアーガイル柄の量を増やしたこと、そしてチーム創始者にしてCEOであるジョナサン・ヴォーターズが、アリゾナ州ツーソンでのチームキャンプで行われたカラオケショーにブリトニー・スピアーズのコスプレで現れたことから考えれば、おふざけと生真面目なレース姿勢を混ぜることへのガーミン・シャープのこだわりは、2013年も続いていくようだ。

12月、選手たちがアリゾナの砂漠を走り抜けた1週間のキャンプの終わりの夜、チームは「アーガイル・ファクター」タレントショーを催した。タイラー・ファラー、ダン・マーティン、ラクラン・モートンがヴィレッジ・ピープルの「YMCA」を口パクしながら腕文字のポーズをきめている下のダンスフロアで、2011年のパリ〜ルーベ勝者ヨハン・ファンスーメレンがモップ頭のオランダ人トーマス・デッケルとノリノリで踊っているところを想像してほしい。

チームのメディアマネージャーはせわしなく歩き回り選手たちにこの乱痴気騒ぎの写真をツイートしないよう注意していた。普段は禅僧めいた落ち着きを見せる2012年のジロ・デ・イタリア勝者ライダー・ヘシェダルがピンクのダブルネックバルーンギターでピート・タウンゼントする様も含め。

それを脇目に審査員席からはヴォーターズが、ブロンドのかつらにチェックのミニスカート、網タイツという出で立ちで、アメリカの国民的アイドル成れの果ての裏声で猥雑なヤジを飛ばす。彼の隣にはチームプレジデントのマット・ジョンソンが、格子柄のスーツに付けモミアゲでヴォーターズに変装して座っている。俳優、TVタレントでガーミンファンのマーク=ポール・ゴスラーが3人目の審査員だ。

オーストラリアのネイサン・ハースとジャック・バウアーが本物のギターとベースをアンプに繋ぎ、レイナード・スキナードの「スウィート・ホーム・アラバマ」を「スウィート・ホーム・ガーミン」の替え歌で熱く披露したのがその晩の出色のパフォーマンスだった。

「このチームを見てきて、これまでで一番リラックスしたトレーニングキャンプだった」ヴォーターズはそう言う。2013年の選手のほぼ全員が初めて一同に会したツーソンで、ヴォーターズはこう説明した。「解消しなければならない緊張関係というのがひとつもなかった。すべてがとても自然に流れているように見えたね。チームは私が過去見てきたどの時よりも、一体感がある。」

ワールドツアーは1月にオーストラリアのツアー・ダウン・アンダーで始まるが、多くの選手にとってシーズンは3月のクラシックまで実際には始まらない。そして2013年のガーミン・シャープは、春の眠れる巨人かもしれない。

ヴォーターズは「チームはアルデンヌにも北のクラシックにも、かなり高い目標を持っている」と言う。サクソバンクから2011年ツアー・オブ・フランダース勝者ニック・ナイエンスを獲得し、チームは現在2人のクラシック勝者を抱える。石畳と付き合うにあたってはナイエンスとファンスーメレンに加え、37歳のアンドレアス・クリアー(2005年のフランダースで2位に入った)がチームに更なる知識を供給する。このドイツ人のベルギーの道についての驚くべき記憶量は、彼に「GPSクリアー」の二つ名を与えている。

29歳のマルティン・マースカントは、バイクを降りれば非常に控えめで、普段はチームのもっと賑やかなキャラクターの間にまぎれがちだ。だが彼の走りはまさに全開の一言につきる。このオランダ人はチームでの最初の年だった2008年にパリ〜ルーベで4位につけ、2009年のツアー・オブ・フランダースで2位に入った。2011年パリ〜ニースでの恐ろしい落車で7本の肋骨を折り肺を損傷して以来1年半のあいだ度重なる病気と戦ってきたが、ヴォーターズは、かつてマースカントを強豪たちとともにルーベのヴェロドロームになだれこませたスタミナが戻ってきていると確信している。


新しい血

新入りに近い方の選手たちについて、ヴォーターズは27歳のニュージランド・チャンピオン、ジャック・バウアーを「クラシック系の逸材の1人」と称する。バウアーは2012年にガーミン・シャープに加わった。今ヴォーターズは彼は6時間のレースの日々へ準備が出来ていると考えている。「彼にはそれに相応しい素質がある。260km、270kmの距離をさばけるレベルに上がるために1度ハードなシーズンをこなす必要があったんだ。今年は彼が去年やってきたことの成果が出る年になると思う。」

25歳のオーストラリア人スティール・ヴォンホフはディヴェロップメント・チームから引き上げられた。ヴォンホフは驚くほど丁寧で行儀がいい。ツーソンでのキャンプで彼は、撮影用にポロシャツを部屋に取りに走りに戻る間フォトグラファーを待たせることを、何度も謝罪した。

ヴォーターズはヴォンホフを「生まれながらの勝者の1人」と呼ぶ。彼は笑いながら、ヴォンホフは「スプリンターなんだが、どういうことだか自転車競技を始める前、少しトライアスロンをしていたことがある。スプリンターがやるのは明らかにおかしい。」と付け加えた。

多くのスプリンターを遅れさせるような上りを、5フィート11インチ(180cm)・154ポンド(70kg)のオーストラリア人がこなせるその適性と強さを、ヴォーターズはこう語る。「彼はマーク・カヴェンディッシュよりもオスカル・フレイレのようなタイプだ。」ヴォーターズはヴォンホフについて「ピークのパワーアウトプットは僕の見たどんなスプリンターよりも高い。1700ワット台後半、1800ワットすら出る。」と驚きを明かす。もちろん純粋な身体能力だけでカヴェンディッシュに勝てるようにはならないし、ヴォンホフは自転車競技を始めてまだ3年だ。だが、タイラー・ファラーや、36歳のベテラン南アフリカ人スプリンター、ロビー・ハンターといったチームメイトたちは頼れる資源だ。

登りのあるアルデンヌクラシックやアップダウンの激しいオランダのアムステル・ゴールド・レースでは、ライダー・ヘシェダルとアイルランド人ダン・マーティンが表彰台へ迫っている。マーティンは2012年リエージュ・バストーニュ・リエージュで5位、フレーシュ・ワロンヌで6位に入った。ヘシェダルは2010年のアムステル・ゴールド・レースで2位、そして去年5月のジロでの空前の勝利にむけ調子を上げていたリエージュ・バストーニュ・リエージュで9位につけた。また一方2012年のドイツチャンピオン、ファビアン・ウェーグマンは、去年のリエージュで、ヘシェダルの1つ上位に入った。


グランツールでの力

グランツールに目を向けると、チームの最大のゴールはジロの防衛だ。ヴォーターズはまた2013年のブエルタ・エスパーニャのコースは、2011年の同レースで頂上ゴールのステージを勝ち2012年に初のツールを走ったマーティンに向いていると感じている。

マーティンの2歳年下、アンドリュー・タランスキーも注目すべきグランツール表彰台候補だ。マーティンが2008年にスリップストリームでプロキャリアを開始したのに対し、自転車競技に入る前フロリダでランナーかつサーファーだったタランスキーは、2011年にチームに加わり、USの国内クリテリウムレースを去ってわずか数ヶ月で初のグランツール、ブエルタを走った。2012年にはタランスキーはブエルタで総合7位、またロマンディではツール勝者ブラッドリー・ウィギンスに次いで総合2位に入った。ヴォーターズは今年のツールのコースについて「アンドリューに向いていると思う。彼がシーズン序盤にどんな調子か見ながら、彼にツール・ド・フランスに重点をおかせるか、それともブエルタか決める。」

3週間のレースにおいて伝統的に、前もって決まったリーダーを中心にチームを組み立てるというよりも、状況に任せるアプローチをとっているため、ガーミンは通常グランツールの総合優勝争いをするチームとはとらえられていなかった。これは2012年ヘシェダルのジロ優勝で変わったが、2008年チーム最初のジロ以来のグランツールでの成績を観察すると、彼らのステージレースにおける機会重視の姿勢が見てとれる。ウィギンスはスリップストリームに所属していた2009年ツールで4位(ランス・アームストロングの優勝が剥奪されてからは3位)に入った。クリスチャン・ヴァンデヴェルデは2008年ツールで4位、2009年に7位。トム・ダニエルソンは2011年に9位。より若い選手たちの誰が今年グランツールの表彰台を狙うことになるとしても、それを背後で支える選手たちの懐は深い。


真実に至る

チームのレース知識の多くは、3月までレースに出られない3人のガーミンのベテラン選手の頭の中にある。ヴァンデヴェルデ、ダニエルソン、デイヴ・ザブリスキー。それぞれUS反ドーピング機構(USADA)に2000年代初め − USポスタルサービス、ディスカバリーチャンネルでランス・アームストロングのアシストをしていた時にドーピングしたことを告白し、6ヶ月間の資格停止を受けている。そもそもこの3人をスリップストリームにひきつけたものは、チームがクリーンにレースするという約束だった。3人が、宣誓のもと、チームが始まった2008年から守っていると述べた約束だ。

ダニエルソンはジロでヘシェダルの防衛をアシストすること、ツールとUSAプロチャレンジ(彼が2012年にアスペンへのステージを勝ったレース)で良い走りをすることをシーズン最大のゴールに掲げている。だが今の時点では、ダニエルソンはただレースナンバーをつけて出走する日を待ち望んでいる。6ヶ月間もレースをしないことは「確実に何か違う」と彼は認める。「精神的にも違う経験だよ。楽じゃない。厳しい。でも自分がどれくらいこのスポーツを愛しているかが本当にわかる気がする。」

チームの新入りのなかでダニエルソンは、若いオーストラリア人ラクラン・モートンへの賞賛を隠さない。ダニエルソンいわく、彼がサウスウェールズ出身の21歳を最初に知ったのは、モートンがオーストラリアのジュニアチームでコロラドのマウント・エヴァンス・ヒルクライムに出ていたときだ。少年の登坂能力に感心したダニエルソンは、彼が何歳なのか尋ねたのを覚えている。

「周りは『あの子?14歳かそのくらいだろう』と言っていて、俺は『やるな!』という感じだった」モートンが2010年に18歳でツール・ド・ラビティビを勝ち、ダニエルソンは確信を得た。「俺は『こいつは凄い奴だぞ!』って感じだった。でも彼はあの通りクールなもんでね。本当にリラックスしてて、超マイペース。彼は良い奴で、選手としても凄い。俺はあいつが大好きだよ。」

イリノイ出身のヴァンデヴェルデは自身が勝った2012年のUSAプロチャレンジでモートンと同室だった。「彼のことはめちゃくちゃ愛してる。」ヴァンデヴェルデは、その真っ黒な髪と物憂げなまなざしが、まるでボブ・ディランの部屋に迷いこんだような感覚すら与える強い印象を放つモートンについてそう言う。先の8月コロラドの山々を縫う道で、強力な牽きでヴァンデヴェルデを守った登りの脚とともに、彼はモートンの落ち着きにも感銘を受けている。「なんだか何十年も生きてるような、ひねくれたユーモアのセンスの奴だから、うちのチームにはいつでも歓迎だよ。」とヴァンデヴェルデは言う。

チームが2013年を始めるうえで、持ち上がってくるのはUSADAの捜査官への4人(ヴォーターズも証言した)の協力、そしてアームストロングのオプラ・ウィンフリーの番組での告白が、ガーミンの集団としての意識にどのような影響を与えるかという疑問だ。

ダニエルソンは、ソーシャルメディア上で彼に向けられる悪意に取り乱したという。2002年にマーキュリーでプロ入りして以来11年目のシーズンを見据えながら、ダニエルソンは自分のした事の間違いをよどみなく認める。「俺は過去に過ちを犯した、それを認め、謝罪する。」それでもツイッター上で彼の批判者が「全部おまえが悪い、橋から飛び降りろ」と主張するとき、ダニエルソンは落ち込むとともに、奮起もする。彼は言う。「内側で、火が点るんだ。そしてそれが俺に、自分の持つすべてに感謝させてくれる。」

他方、ヴァンデヴェルデは去年コロラドで勝利した際「人生で最高のフォーム」にあったと信じている。そのフォームは36歳のベテランを驚かせ、また厳しい冬をくぐり抜けて現役を続け、今年のジロで再びヘシェダルを助けることを目指させるきっかけとなった。「コロラドをまた勝ちたい。」ヴァンデヴェルデはそう言う。

それらの直近の成功は、チームの過去6年間の進歩とともに、モチベーションをもたらす。「2011年のツールでチーム総合を勝ったときのことは今思い出しても信じられないくらいだ。それに、もちろん、ジロ・デ・イタリアを勝つなんて、夢にも思わなかったようなことだよ。」

ガーミン・シャープは、チームがポジティブなロールモデルと、ドーピングに毒された時代の一種の解毒薬、その両方であれるという命題のもと作られている。アームストロングが告白時に用いた言葉で言うと、クリーンにレースをするというのは気の狂ったことだったのだ − タイヤに空気を入れずに、ボトルに水を入れずに走るようなもの、そう彼はオプラに告白した。

ヴァンデヴェルデにとっては、現在のチームの選手の多くが2008年のスリップストリームのワールドツアー最初の年からずっとチームにいるという事実が、当時は現実離れしていたそのポリシーの魅力の証だ。「核となる選手が6年もずっと一緒にいるなんてことはそうはない」と彼は言う。「十中八九、それが僕たちがチームタイムトライアルを勝つ理由だと思う。僕は皆がどうするのか彼らが実際にやる前に解るし、同じように皆も僕がどうするか知ってるんだ。」

ヴァンデヴェルデは、最も誇るスリップストリームの成果は、抜け道を使わなくとも勝てると示せたことだと言う。彼は過去その道を用い、悔いた。薬物なしの競技文化を造り上げるという彼らのプロジェクトについて、彼はこう言う。「人々は気づいてる、僕らは実際に見本を示した、それは、できるんだって。」

多感な若いプロ選手にとって更に重要なこととして、彼はまた文化が行動を良い方向へ導くことができると述べる。

ドーピングについての周囲のささやき声が、選手が他の選手に遅れを取るまいとEPOに手を伸ばした90年代の軍拡競争を助長したのに対し、ヴァンデヴェルデはこう指摘する。「噂は逆の方向にも働く。」つまり、クリーンに勝つ選手の物語が、ネオプロたちの選択に影響を与える事ができると。プロキャリア15年目に、6ヶ月の資格停止を終えつつ、スリップストリームとの6年目のスタートランプを見下ろしながら、ヴァンデヴェルデは誇りに満ちている。「目を開くのには1年あれば十分だった。それがこのチームで一番誇りに思うことの一つ — 僕らが新しい流れを作っていることだ。」



from “Argyle Factor” by Mark Johnson, Velo Magazine April 2013 issue

inrng:

Vélo Magazine: It’s said you’re like Kelly?
Peter Sagan: Kelly who?
VM: Sean Kelly
PS: ???
VM: The Irishman. You haven’t heard of him.
PS: No, I don’t think so
From the current issue of Vélo Magazine. I’d link to it but they don’t have a website so try a newspaper kiosk in France.

inrng:

Vélo Magazine: It’s said you’re like Kelly?

Peter Sagan: Kelly who?

VM: Sean Kelly

PS: ???

VM: The Irishman. You haven’t heard of him.

PS: No, I don’t think so

From the current issue of Vélo Magazine. I’d link to it but they don’t have a website so try a newspaper kiosk in France.


inrng:

Garmin unveil their new computers for 2013 and showcase the new tracking feature.

The video makes good use of the pro team and its riders including a glimpse of Jonathan Vaughter’s team control HQ.

But the tracking feature? It could be great - and even essential for likes of Alex Rasmussen or Yoann Offredo - but it promises to frustrate many who find themselves stuck indoors. Because the only thing worse than missing a ride is knowing that someone else is out there riding whilst you’re not.


USADAが公表した証拠資料で匿名となっている選手・関係者名

Veloroomsの人々が解明したリストから。

選手1…パオロ・サヴォルデッリ 
選手2 …マヌエル・ベルトラン 
選手3 …アドリアーノ・バッフィ 
選手4 …ボビー・ジュリック 
選手5…ホセ・ルイス・ルビエラ 
選手6 …パヴェル・パドルノス 
選手7 …ロベルト・エラス 
選手8 …ビクトル・ユーゴ・ペニャ 
選手9 …マット・ホワイト 
選手10…ホセ・アゼベド 
選手11 …ヴィアチェスラフ・エキモフ 
選手12 …ベンヤミン・ノバル 
選手13 …チャン・マクレー 
選手14…ミカエル・ラスムッセン 
選手15 …クリス・ホーナー 
選手16…ヤロスラフ・ポポビッチ 
選手17…マーティ・ジェミソン 
選手18…ディラン・キャシー 
選手19 …ステファン・キャガード 
選手20 …ベノア・ジョアキム 
選手21…アントニオ・クルズ
選手22…不明


関係者1…ロベルト・コルセッティ
関係者2…ビャルネ・リース
関係者3…ヘルト・ダッフェレール
関係者4…ロタール・ハインリッヒ
関係者5…不明
関係者6…不明
関係者7…リッチ・クローフォード
関係者8…ヘールト・レインデルス
関係者9…不明
関係者10…ホセ・アレナス
関係者11…フレディ・ヴィアネ
関係者12…ルイーズ・ドナルド
関係者13…ジェフ・ブラウン
関係者14…不明
関係者15…不明
関係者16…ディルク・デモル
関係者17…アンディ・リース
関係者18…フィリップ・メール


Neil Browne: "Knowing What You Stand For"

thegaviafiles:

Having a high VO2 is something only a small percentage of the population has. Having the courage to do the right thing is in all of us. It doesn’t require human growth hormone or revitalized red blood cells. It requires knowing what you stand for.

Beautifully said.


タイラー・ハミルトン インタビュー

“Interview: Tyler Hamilton, Cyclist” By TOM ENGLISH / Published on Sunday 30 September 2012

タイラー・ハミルトンは、彼が明かしたことは自転車界を揺るがすことになる事件の氷山の一角に過ぎないと言う。

2011年5月、タイラー・ハミルトンはCBSニュースの番組「60 Minutes」で、何年も否定を重ねてきた長年のドーピングをついに認める告白を放送し、自転車競技の病的な文化、そしてその中で栄光を手にしてきた者たち、彼らの長でありUSポスタルでチームメイトだったランス・アームストロング、その闇に光をあてた。そのインタビューを受ける前、彼は自分が何に身を投じているのか部分的にはわかっていた。最初に彼に真実を述べさせた人物が、これから起こることを予期していたからだ。

その人物とはジェフ・ノヴィツキ、FDA(アメリカ食品医薬品局)の特別捜査官だ。「あのインタビューからさほど経たないうちに、僕は何度か殺すと脅迫を受けた。ジェフは僕に、もし真実を述べればそういった脅迫は当然あるだろうと言っていたよ。Facebookの僕のビジネスアカウントに1件、Eメールで1件。100のうち99はおそらく何でもない、でも読んで楽しいものでもない。たいていはただの怒った自転車ファンだけど、僕はそうした脅迫も連邦捜査官に通報した。先週トラヴィス・タイガート(合衆国反ドーピング機構USADAの長官)も(アームストロングの処分にちついて)殺しの脅迫を3件受けたというのを記事で読んで、「へえ、あなたもか?」と思った。そういう領域に入ったんだ。僕もきっとこれからも何件も受けると思うよ。」

ハミルトンの凋落は彼の著書「The Secret Race – Inside the Hidden World of the Tour de France: Doping, Cover-ups and Winning at All Costs」に述べられている。どのようにスポーツが腐敗したのか、自転車に乗るために彼がどうそれにおもねっていったのかについて、詳細かつ重要な考察を含む非常に率直な著書だ。エリスロポエチン(EPO)、輸血、嘘の上に重ねられた嘘。彼は、どっぷりとドーピングに浸っていた時に、自分の父親の目を真っ直ぐに見てドーピングしていないと言ったと語る。最も衝撃的なのは彼が、自分の両親にさえ、嘘をつくことは簡単だと感じたということだ。

それはこういうことだという。「僕たちは使用済みの注射器を空のコーラの缶に入れるようになった。開いた口から注射器はちょうど入り、こん、こん、こんと針が音を立てるのが聞こえる。僕たちはそのコーラの缶を特別に扱った。それはいわば放射性廃棄物のようなコーラ缶だ。僕らのツールがその缶ひとつで終わりかねない、僕らのチームを、キャリアを滅ぼしかねない、僕らをフランスの牢屋に送るかもしれない缶だ。注射器を入れたら僕らはそれを潰して、へこませて、ただのゴミのように見せた。そして(ルイス)デル・モラル(ドクター、現在自転車競技から生涯追放処分を受けている)がそのコーラ缶をバックパックの底に忍ばせ、サングラスをかけて、ぼろいキャンピングカーの扉を開けて、バスの周りに集まったファンや群衆、ジャーナリスト、ツールのオフィシャルや、警察すらかきわけて、歩いていく。皆が探しているのはランス(アームストロング)だ。誰にも、静かに人ごみの中を歩いていくバックパックを背負った目立たない男は見えない。」

彼はドーパーが猫がネズミで遊ぶように検査官をからかう世界にいた。薬物検査をする側は何年も何百万ドルもを投じついにEPOを検出するテストを開発し、チームドクターたちは5分でそれを欺く手段を講じた。そこにいたのは悪の天才たち、ゲームを作り変えた専門家たちだった。「ちびの悪魔」デル・モラル、彼のアシスタントのペペ・マトリ。特例であるアームストロング以外の選手には謎に包まれ「The Myth」と呼ばれ、今は生涯追放を受けたミケーレ・フェラーリ医師。自らを「El Importante」―重要な者、と呼んだエウフェミアーノ・フエンテス医師。彼らの他にも、何人も、何人も存在した。

「自分が自転車競技でエリートレベルに達したことは誇らしく思っている。クリーンに、全力で努力して、楽しんでやったことだから。だが1997年から2004年の間にしたことに誇りは感じられない。僕に関する限り、UCIは1997年3月以降のすべてのリザルトを剥奪することができる。それが僕がドーピングを始めた時だからだ。そうしたければ彼らは、僕を自転車の歴史から消すことができる。僕は実際のところ、そうするべきだと思う。その間の僕の勝利はすべて嘘だったからだ。彼らがそうするよう願っている。僕は彼らUCIに、様々なことをしてほしいと願っているんだ。」

彼は2人の選手の名前を挙げた。フランスのクリストフ・バッソンとイタリアのフィリッポ・シメオーニ、ドーピングとオメルタ―沈黙の掟を拒んだために、自転車競技から追い出された2人だ。ハミルトンが呼び起こすのは、彼の本のほぼ全てのページにある捻じれたモラルだ。アームストロング、ハミルトン、そしてペロトンの残りの選手は、バッソンとシメオーニを自転車競技の敵、真実を言うことで害を与えている選手と捉えていた。彼らは嫌がらせを受け、疎外され、追い出された。

「彼らに連絡を取るつもりだよ。事態が落ち着いたら僕は2人に話したい。どうやって連絡をとればいいのか知らないがそうするつもりだ。僕はあのことをひどいと感じている。流れは変わってきた。彼らは競技から追い出された、それは恥ずべきことだった、そしてそれは僕たち全員の責任だ。彼らが正しいことをしたのは明らかだ。彼らが金メダルにふさわしいんだ。僕が自転車競技でエリートレベルにいたときドーピングに立ち向かった選手は2人だけだった。2人。バッソンとシメオーニ。8年でたった2人だ。沈黙の掟。オメルタ。自転車界の文化は暗かった。誰もドーピングについて話さない、だが彼らはそうした。僕は自分たちが彼らにしたことを謝罪したい。僕の目には、彼らが真のチャンピオンだ。」

彼は自身の著書のあたえたインパクトについて話した。彼自身の違反についての数多くの新事実と彼の周りの選手の集団での違反、輪の中心であり「大将」であるアームストロング、ハミルトンの物語を見つめ学ぶべきであるUCIの沈黙への彼の絶望。彼は言う。「今は皆が体面を守ろうとしている。自転車界にはまだ沢山、本当のことを隠している腐ったリンゴがいる。僕たち皆が間違っていた。自転車界の文化は頂点から底辺まで汚れていた。僕たちはそれを直視しなければならない。UCIが(先週末)間違いには一切関わっていないなどと言うのは驚きだ。(UCI会長の)パット・マッケイドは、彼らは謝罪するようなことは一切ないと言った。気が遠くなるね。」

「僕は彼らにこの本を読んでほしい。待ってもいいが、もしパット・マッケイドが一月経ってもこの本を読まないなら彼はもう自転車界にいるべきじゃない。彼らに僕たちが何をしたか、どうやったか、喜んで全てを話すよ。スイスのエグルにある彼らの本部まで話しに行ってもいい。でも彼らは真実でなければならない。もし間違いを認められないのなら、その座にふさわしくないのではないかと思う。彼がもし何が起きたのかを知りたくないのなら、退くべき時だろう。僕の知っている限り、UCIがしているのはポール・キメイジ(元選手、ジャーナリスト)をこの件について書き、尋ねられるべき厳しい質問を尋ねたために訴えているというだけだ。皆ポールとともに強くならなければいけない。立ち上がるべきだ。」

ハミルトンは、自転車競技にはまだ腐ったリンゴが残っていると繰り返した。競技が比較としてクリーンになったこと、彼が薬物で成り立った虚栄の中にいた頃よりもはるかにクリーンであることは確かだ。だが彼を案じさせることがまだいくつもある。彼は、目にするものにとても安堵などできないと言う。「もし腐ったリンゴがまだそこにあれば、同じ問題はまた出てくる。保証するよ。保証する。次のフェスティナ事件はいつか?次のオペラシオン・プエルトはいつ起きる?わかっているだろう、それらはまた起きる。もし物事が変わらなければ、それはまた起きるんだ。腐ったリンゴはまだ沢山ある。僕は自転車競技の現状に安堵してはいない。10年前より今のほうがましなのは確かだ。10年前よりも現在の世界でレースをしたかったと思う。だがそれでもまだ否認が、自分を守りたいだけの人々があふれているのが見えるんだ。」

アメリカでは、アームストロングの支持はかつてほどではないが、それでもまだ彼の物語が嘘であると信じることを拒否する人が多くいる。「ランスは1999年と2001年の2回ドーピング検査にひっかかったが何も起きなかった。僕たちはいつもそのことについて、彼は9個の命がある猫のようだと冗談を言っていた。彼はいつでもそうした困難な時期を、どうにかして乗り越えてきた。人々が信じたくなくても真実は明らかになる。USADAの報告は10月半ばごろ出るだろう。僕が知っているのは、僕が言ったランス・アームストロングや汚れた文化についての多くのことが他の選手やスタッフの証言で裏付けられているということだけだ。トラヴィス・タイガートはランスに対する件は今明らかにされているものの30倍も酷いものになると言っていた。圧倒される。報告書が世に出たらアメリカの大衆は本当に打たれるだろう。もし今真実を信じないなら、数週間待ってみるといい。」

私は彼に、もし彼がドーピングしようとしていた1997年のその時に戻り、若いころの彼と話すことが出来るならどうするか尋ねた。何を言いたい?「僕は『やるな、タイラー。やめるんだ。クリーンに走れ。』と言うだろう。でも僕はやったし、それが真実だ。そして僕は、自転車のために口をつぐまなくてはいけないのだと感じた。病的だろ?本当のことを言い、すべて認めるまでに、あまりに時間がかかり過ぎた。それでも、そうして良かったと思っている。本に取り組んでる時は何かを一枚づつ剥いでいるような感じがしたが、今では自由になった気がする。僕は以前よりずっと自分の人生に幸福を感じられる。かつて一緒に走った、戦った相手にもみんな、同じようにしてほしいと願っている。真実が自由にしてくれるから。約束するよ。」

(Source: scotsman.com)

INFORME ROBINSON(ロビンソン・レポート)2012年9月:「デイヴィッド・ミラーの物語」
デイヴィッド・ミラーの物語は自転車にとってひとつの最悪の時代の話だ。先のツール・ド・フランスでステージ優勝を挙げた彼が、自転車を愛しドーピングを憎んだ理想主義的な若者が、逮捕されEPO使用で罰されることになった背景を語る。

(Source: canalplus.es)


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